事例・記事

【法改正シリーズVol.5】年金制度改正(2022年4月施行)を徹底解説

年金の制度が2022年4月から変更になりました。厚生年金保険に加入できる対象者が増えたり、在職老齢年金の見直しが行われたりしています。年金制度はそもそも難しいのに、改正されてさらに難しくなったかもしれません。そこでこの記事では、今回の改正で何が変わるのかを簡潔に解説します。

今回の改正の目玉は4つ

今回の改正で大きく変わったのは次の4点です。

1.社会保険の適用範囲が拡大した

2.在職老齢年金を見直した

3.年金の受給開始時期の選択肢を拡大した

4.確定拠出年金の加入可能要件を見直した

1つずつみていきましょう。

社会保険の適用範囲が拡大した

これまでは短時間労働者は厚生年金に加入できないことがありました。短期労働者は、週の所定労働時間および1か月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上であれば加入対象となります。これをいわゆる4分の3要件と言いますが、4分の3要件に該当しない場合でも、以下の要件を満たせば社会保険の加入対象となります。

今回の改正では加入できる対象者(適用範囲)を拡大しました。

以前の適用範囲         今回の改正後の適用範囲
●勤務期間1年以上
●従業員500人超の企業など

■週の労働時間が20時間以上
■月額賃金8.8万円以上
■学生除外要件
●「勤務期間1年以上」を「勤務期間2か月以上」に変更
●「従業員500人超の企業など」を「従業員50人超の企業」に変更
 
※記号について
●:法改正後、変更された部分 
■:法改正後も維持された部分

以前は勤務期間が1年以上になる見込みがないと対象になりませんでしたが、今回の改正でこのルールがなくなりました。

また、以前は従業員500人超の企業などでないと対象になりませんでしたが、今回の改正では、50人超規模の企業までに適用するスケジュールが法律内に明記されています。ただ2022年4月から一気に「500人→50人」になるわけではなく、段階的に進めていきます。その内容は後段で解説します。

そして「■週の労働時間が20時間以上」「■月額賃金8.8万円以上」「■学生除外要件」のルールは変わりありません。

在職老齢年金を見直した

老齢年金とは、高齢者になったら受け取ることができる年金のことで、いわゆる「普通の年金」がこれに該当します。あとで出てくる老齢厚生年金は、老齢年金の厚生年金版と理解してください。

在職老齢年金とは、働いている高齢者の人ももらえる年金のことです。

以前の在職老齢年金には次のようなルールがありました。

●以前の在職老齢年金制度

働いて得ている賃金と年金の合計額が一定以上になる60歳以上の老齢厚生年金受給者を対象として、全部または一部の年金の支給を停止する

つまり、賃金を得ている人は、例え老齢年金の対象となっていても、年金が支給されなかったり、減額されたりしてしまうというわけです。

今回の改正で変わった点は以下のとおりです。

60〜64歳の在職老齢年金の支給が停止される基準額(賃金月額+老齢年金の月額)が月28万円から65歳以上の在職老齢年金と同じ月47万円に緩和された。

以前は賃金の月額が28万円になると老齢年金の支給がストップされていましたが、今回の改正によって賃金の月額が47万円にならないと老齢年金の支給がストップされません。

 なお今回の改正の対象は「60〜64歳に支給される特別支給の老齢厚生年金を対象とした在職老齢年金制度」になります。

一方、65歳以上の在職老齢年金制度の対象者は、以前から基準額が47万円で、今回の改正でこの額は変わりませんでした。

したがって今回の改正で47万円に統一された形です。

年金の受給開始時期の選択肢を拡大した

年金の受給開始時期について解説します。

年金を受け取ることができる年齢は1)原則65歳なのですが、2)希望すれば60~70歳の間で自由に受給時期を選択できる、という2段構えになっています。

65歳より早く年金を受給することを「繰上げ受給」といい、毎月の年金額は最大30%(繰り上げた月数×0.5%)減額されます。

65歳より遅く年金を受給することを「繰下げ受給」といい、毎月の年金額は最大42%(繰り下げた月数×0.7%)増額されます。

今回の改正で以下のようになりました。

●繰下げ受給の上限年齢が70歳から75歳に引き上げ
●上記に伴い毎月の年金額が最大42%から最大84%(繰り下げた月数×0.7%)増額

年金を早く受給するとお金が多くもらえそうですが、毎月の年金額が減ってその額が一生続くので、総額は減ってしまうかもしれません。

年金を遅く受給するともらえるお金が減りそうですが、毎月の年金額が増えてその額が一生続くので、総額が増えるかもしれません。

しかし、この「総額が減ってしまうかもしれない」「総額が増えるかもしれない」は、寿命の長さによっても変わってくるので一概に「減る・増える」とはいえません。

確定拠出年金の加入可能要件を見直した

確定拠出年金とは「公的年金(基礎年金や公的年金)に、拠出された掛金とその運用収益が上乗せされ、年金額が決まる」という仕組みです。ただ、確定拠出年金は一種の投資なので、上乗せされるリターンだけでなくリスクもあるので注意する必要があります。

 確定拠出年金(DC)には、掛金を事業主が拠出する「企業型DC」と、掛金を加入者自身が拠出する「個人型DC(iDeCoともいう)」があります。 今回の改正で次のように変わります。

■2022年5月から
●企業型DCに加入できる年齢が65歳未満から70歳未満に変わる
●個人型DCに加入できる年齢が60歳未満から65歳未満に変わる 

■2022年4月から
●確定拠出年金の受給開始時期の選択肢が増える
●以前の「60~70歳までの間」から「60~75歳までの間」に延長される

確定拠出年金に加入できる年齢が引きあがるので加入しやすくなったといえます。

法律的な解説「改正・成立・公布・施行とは」

ここで少し法律的な解説をします。

年金制度改正は改正法をつくって行うもの

そもそも年金制度改正とは、法律の「改正」になります。その法律の正式名は「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」なのですが、長いのでニュースなどでは「年金制度改正法」と呼ばれています。

法律は国会がつくり、今回の2022年4月改正用の年金制度改正法は2020年5月29日に国会で「成立」しています。実に約2年前に法律を用意していたことになります。

法律はつくってすぐに(成立してすぐに)効力が発生しない場合があり、年金制度改正法もそうです。この法律は2020年5月29日に成立したあと、2020年6月5日に「公布」されました。公布とは、官報を使って国民に公表する仕組みで、これでもまた法律の効力は生まれません。

年金制度改正法の効力が発生するのは2022年4月1日からで、この日を「施行日」といいます。

法律を「成立」させて、それを国民に知らせるために「公布」して、さらにそのあとに法律の効力を発生させるために「施行」するわけです。

背景は高齢者の経済基盤を充実させるため

 今回の改正が行われた背景について厚生労働省は次のように説明しています。 

■年金制度改正(2022年4月施行分)が行われた背景

●今後の社会・経済は、人手不足が進行して健康寿命が延び、現役世代人口の急速な減少が見込まれる
●特に高齢者や女性の就業が進み、より多くの人がこれまでよりも長い期間、働くことが見込まれる
●こうした社会・経済の変化を年金制度に反映し、長期化する高齢期の経済基盤の充実を図る必要がある

 健康寿命が延び、働く人が増え、働く期間が長くなるので、高齢者の経済基盤を充実させる必要があり、それで年金制度を改正することにした、というわけです。

従来の年金制度改正について

年金制度が複雑なのは改正を繰り返してきたからです。「複雑すぎる」と感じる人もいると思いますがこれはよいことといえます。なぜなら、年金制度から漏れる人を減らしたり、年金制度の財政を安定させたり、年金制度を公正公平なものにしたりするために改正しているからです。

最大級の改正は2004年に行われたもので、このとき政府は「100年安心できるように」とPRして国民に理解を求めました。

2004年以前は、「財政再計算」という仕組みを使って、年金財政の将来推計と負担と給付の調整をしていました。2004年には改正の頻度を少なくするべく、基礎年金の国庫負担の割合を3分の1から2分の1に増やすなどの抜本的な改正を行いました。

企業が特に注意すべき点について

企業で年金を担当している方は、今回の年金制度改正の内容を確認して従業員に周知したほうがよいでしょう。年金は働く人の安心につながるからです。

そして企業の担当者が特に注意しなければならないのは、厚生年金保険の適用範囲が、「従業員500人超の企業」から「従業員50人超の企業」に変更されたことです。

これまでは従業員500人以下の企業は適用範囲外でしたが、これが従業員50人超に変わるので「自分の会社が対象になる」企業は増えるはずです。

 ただ適用範囲の拡大は以下のように段階的に行われます。2022年4月1日から一気に「従業員50人超」に変わるわけではありません。

  • 2022年3月31日以前:従業員500人超の企業
  • 2022年10月1日以降:従業員100人超の企業
  • 2024年10月1日以降:従業員50人超の企業

2024年10月1日には完全に「従業員50人超の企業」が適用になるので早めに準備していきましょう。

まとめ&考察~従業員に安心を与えてください~

企業の年金担当者は総務担当者、賃金担当者などは、年金制度改正についてしっかり調べて従業員に周知するようにしてください。

労働者のなかには、年金について「毎月年金保険料を負担しているのだから、高齢者になったら相応のお金がもらえるのだろう」くらいに「ざっくり」としか考えていない人がいるからです。年金は老後の生活を支える貴重な資金になるので、それだけでは心もとないところがあります。

企業の年金担当者が従業員に年金制度改正を説明すれば、従業員は安心して働くことができます。

年金制度改正は、自分の年金を知るよい機会になります。


・令和4年4月から年金制度が改正されました(厚生労働省)(リンク:https://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2022/0401.html)(最終アクセス:2022/6/3)

・年金制度改正法(令和2年法律第40号)が成立しました(厚生労働省)(リンク:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00006.html)(最終アクセス:2022/6/3)

・被用者保険の適用拡大について(厚生労働省)(リンク:https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/000636611.pdf)(最終アクセス:2022/6/3)

・社会保険適用拡大特設サイト 厚生労働省から法律改正のお知らせ(厚生労働省)(リンク:https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/)(最終アクセス:2022/6/3)

執筆者
アサオカミツヒサ

フリーライター、ライティング事務所office Howardsend代表。
北海道大学法学部を卒業後、鉄鋼メーカー、マスコミ、病院広報などを経て2017年独立。
取材した分野は、政治、経済、過疎化、ワーキングプアなど。
現在の執筆領域は、法務、総務、人事、会計、IT、AI、金融、ビジネス全般、抗がん剤、生活習慣病治療など。
趣味はバイクと登山。北海道札幌市在住。

お問い合わせ・資料請求 フォーム