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【法改正シリーズVol.3】2022年4月に中小企業のパワーハラスメント対策義務化で事業主がすべきこと

パワーハラスメント(以下、パワハラとする。)防止法と呼ばれることがある改正労働施策総合推進法は、2020年6月の大企業適用に続き、2022年4月1日から中小企業にも適用されました[i]。この法律は事業主にパワハラ対策を義務づけています。企業の経営者や人事や労務を担当している管理職は、これまで以上にパワハラのない会社にしていかなければなりません。そこでこの記事では、パワハラ防止法の内容や規制対象を解説したうえで、企業がすべきことを紹介します。

パワハラ防止法の内容、規制対象、背景は

パワハラ防止法は新しくできた法律ではなく、既存の「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(通称、労働施策総合推進法)を改正したものを指します。ここでは、同法の内容と規制対象、そして改正の背景をみていきます。

改正の内容とパワハラの定義について

パワハラ防止法の改正で注目すべき点は、職場での対策が義務化されたことです。職場での義務化とは、事業主、つまり企業の経営者の義務になります。法律がどのようにパワハラを規制しているのか解説します[ii]

国もパワハラ対策に取り組まなければならない

労働施策総合推進法第4条は国の施策を規定した条文で、この15項に次のように書かれてあります。

職場における労働者の就業環境を害する言動に起因する問題の解決を促進するために必要な施策を充実すること
労働施策総合推進法第4条第15項

ここでいう「労働者の就業環境を害する言動に起因する問題」がパワハラです。そして「問題の解決を促進するために必要な施策」とは、パワハラ対策のことです。つまりパワハラ防止法は、国にもパワハラ対策にコミットすることを求めています。

パワハラの定義

パワハラの定義は、労働施策総合推進法第30条の2に書かれてあります。 

職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害すこと
パワハラの定義(労働施策総合推進法第30条の2から)

ポイントは次の5点です。

  • 優越的な関係
  • 言動
  • 業務上必要な範囲を超えているもの
  • かつ、相当な範囲を超えているもの
  • 就業環境が害される

上司は部下にとって優越的な地位にあり、管理職は一般の従業員にとって優越的な地位にあります。もちろん経営者や経営陣も優越的な地位にあります。パワハラは行動だけでなく言葉も対象になります。そして、業務上必要な範囲を超えていて、なおかつ相当な範囲を超えた言動が対象となり、さらに、就業環境が害されるという実害が生じたときにパワハラが認定されます。

パワハラ対策は経営者の義務

事業主、つまり経営者のパワハラ対策義務も同法第30条の2に規定されています。先ほど紹介した文章と同条の全文を紹介します。

事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない
労働施策総合推進法第30条の2

法律において「~しなければならない」という表現が使われたとき、それは相当強い規制を意味します。経営者は、パワハラが起きないよう、1)労働者からの相談に応じなければなりません。そして2)必要な体制を整備して、3)雇用上必要な措置を講じなければなりません。

この3つが経営者に義務づけられました。ではこの義務を受けて、経営者や企業は何をしなければならないのでしょうか。

パワハラとは何か

そもそもパワハラとはどのようなことを指すのでしょうか。「何をしたらパワハラになるのか」についてはさまざまな意見がありますが、経営者や人事担当者が考えなければならないパワハラは、法律内で対象とされている部分です。

先ほど、この法律のパワハラとは「業務上必要な範囲と相当な範囲の両方を超えていて就業環境が害されるもの」と紹介しました。つまり業務上必要なもの、または相当な範囲を超えていないもので、しかも就業環境を害していないものはパワハラでない、と読み取ることができます。

厚生労働省が定めたパワハラ3要素

厚生労働省は「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」のなかで、パワハラ3要素を次のように定めています。[ii]

<パワハラ3要素>

優越的な関係を背景とした言動事業主の業務を遂行するにあたって、言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの
業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動社会通念に照らし言動が明らかに事業主の業務上必要性がない、またはその態様が相当でないもの
労働者の就業環境が害される言動により労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じること この判断にあたっては、平均的な労働者の感じ方、すなわち、同様の状況で言動を受けた場合に、社会一般の労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当

「抵抗、拒絶できない」「身体的、精神的苦痛」「不快」「能力発揮への重大な悪影響」「平均的な労働者の感じ方」といったワードが重要になります。

特に「不快」と「平均的な労働者の感じ方」は、かなり労働者の側に立った言葉と推定できます。経営者や人事部長は、相当慎重に、かつ厳格に対処しなければならないでしょう。

「パワハラ」と「パワハラではない」のライン

厚生労働省は「パワハラといえる言動」と「パワハラとはいえない言動」を例示しています[ii]

代表的な言動の類型パワハラに該当すると考えられる例パワハラに該当しないと考えられる例
1)身体的な攻撃 (暴行・傷害)●殴打、足蹴り ●相手に物を投げつける●誤ってぶつかる
2)精神的な攻撃 (脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)●人格を否定するような言動を行う。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を含む ●業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行う ●他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行う ●相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メールなどを相手を含む複数の労働者宛てに送信●遅刻など社会的ルールを欠いた言動がみられ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意する ●その企業の業務の内容や性質などに照らして重大な問題行動を行った労働者に対して一定程度強く注意する
3)人間関係からの切り離し (隔離・仲間外し・無視)●自身の意に沿わない労働者に対して仕事を外し、長期間にわたり別室に隔離したり自宅研修させたりする ●1人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させる●新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修などの教育を実施する ●懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるためにその前に一時的に別室で必要な研修を受けさせる
4)過大な要求 (業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)●長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる ●新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責する ●労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせる●労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せる ●業務の繁忙期に、業務上の必要性から、担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せる
5)過小な要求 (業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)●管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる ●気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えない●労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減する
6)個の侵害 (私的なことに過度に立ち入ること)●労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりする ●労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療などの機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露する●労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況などについてヒアリングを行う ●労働者の了解を得て、当該労働者の機微な個人情報について必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達、配慮を促す

パワハラの現状

労働施策総合推進法の改正の背景として、国内でパワハラに該当する事象が増加していることが挙げられます。厚生労働省の資料から、パワハラが悪化している事例を紹介します[ii]。

厚生労働省の総合労働相談コーナーへの、いじめ・嫌がらせの相談件数は、2011年度は45,939件でしたが、2018年度は82,797件と80%以上増加しています。ひどい嫌がらせやいじめ、暴行を受けたことが原因で精神障害を発症し、労災補償の支給決定にいたった件数は、2011年度は40件でしたが2017年度は88件と倍増しています。

労働者への実態調査では「パワハラを受けたことがあるか」の質問に対し「ある」と答えた人の割合は、2012年度は25.3%でしたが、2016年度は32.5%へと上昇しています。

パワハラ対策の5つのポイント

パワハラの本質は、人間関係のもつれや軋轢や対立です。そして当事者は社会人、つまり立派な大人なので、本来は人間関係を良好にすることで問題を解決したいところです。

しかしパワハラが社会問題化して法律改正まで行われたことにより、企業、経営者、人事部長はコンプライアンス(法律順守)の観点からパワハラ対策を講じなければなりません。

 パワハラ防止法が求めるパワハラ対策は次の5項目です[ii] 。

  • 対策1:周知と啓発
  • 対策2:相談体制と対応体制をつくる
  • 対策3:事後対応
  • 対策4:要因の解消
  • 対策5:その他の必要な措置

対策1:周知と啓発

事業主は、パワハラに該当する言動を社内に周知して、経営陣、管理職、従業員に「これをしてはならない」と明確に示さなければなりません。

パワハラをしている人のなかには、「自分の強めの言動は仕事を遂行するためのものであってパワハラではない」と思っている人がいます。その理解が正しくないことを啓発しなければなりません。

さらに、パワハラを行った者に対しては厳正に対処する方針を示したうえで、就業規則などに盛り込みます。

対策2:相談体制と対応体制をつくる

相談窓口を設置して、その存在を労働者に知らせてください。

そして、受けた相談の内容がパワハラに該当すれば、もしくはパワハラが疑われれば、適切に対応しなければなりません。

相談窓口は、労働者が「パワハラに該当するかどうか微妙」と感じている段階でも相談できるようにしてください。

対策3:事後対応

対策2までは予防的な取り組みですが、パワハラ対策では事後、つまりパワハラが起きてしまったときの対応も重要です。

パワハラが起きたら、まずは事実関係を迅速かつ正確に確認します。

そして被害者への配慮とパワハラ行為者への措置を同時に行います。問題が解決したら、再発防止に乗り出します。

対策4:要因の解消

 パワハラ対策の周知や相談と同時にパワハラが起きにくい職場にしていく必要があります。パワハラ要因を解消していかなければなりません。そのためには日ごろからコミュニケーションを活性化させたり、コミュニケーションに関する研修を実施したりしたほうがよいでしょう。業務目標の設定を適正化させたり、働きやすい職場環境に変える取り組みを普段から行う必要があります。 

先ほどパワハラに該当しない言動として、

  • 重大な問題行動を行った労働者に対して一定程度強く注意すること
  • 労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修などの教育を実施すること
  • 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること
  • 業務の繁忙期に業務上の必要性から通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること

などがあると紹介しました。

しかしコミュニケーションが取れていなかったり、職場内がギスギスしていたりすると、こうしが言動も精神的な苦痛を与えてしまうかもしれません。そうなればパワハラ防止法上のパワハラではないとしても、労働者は傷つき、それによって職場の生産性が落ちてしまうでしょう。

対策5:その他の必要な措置

事業主は、パワハラの相談をした労働者に対しても、パワハラの行為者に対しても、プライバシーを保護しなければなりません。そしてパワハラ相談をしたことを理由にして、その人の不利益になる取り扱いをしてはいけません。

このことも労働者に周知してください。

まとめ~対策は会社にプラスになる~

パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)には、パワハラ対策をしなかった事業主や企業に対する罰則はありません。しかし法律で義務化された以上、事業主がパワハラ対策を講じなかったら、パワハラ被害が生じたときに事業主の責任が追及されるでしょう。パワハラ対策を取らないことが法律違反になるからです。

 パワハラ防止法はまずは大企業に適用され、2022年4月から中小企業に適用されました。経営者はまずは、自分自身がパワハラを理解する必要があります。何がセーフで、どの言動がアウトになるのかを理解したうえで、管理職や労働者に「パワハラ撲滅」の決意を伝えて、実効性がある対策を打ち立てます。

 パワハラは労働者が傷つくだけでなく、労働者たちのパフォーマンスが低下するので、経営者は経営上の損失を被ることになります。退職者が増えたり、採用が困難になったりすることでも会社にダメージを与えます。法律で義務化されたこの機会に、真剣に職場内のパワハラ防止に向き合っていきましょう。


注[i]労働施策総合推進法の改正 (パワハラ防止対策義務化)について (厚生労働省)
(リンク:https://jsite.mhlw.go.jp/hokkaido-roudoukyoku/content/contents/000612420.pdf )
(最終アクセス:2022/4/1)

注[ii] 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(e-gov 法令検索)
(リンク:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=341AC0000000132)
(最終アクセス:2022/4/1)

執筆者
アサオカミツヒサ

フリーライター、ライティング事務所office Howardsend代表。
北海道大学法学部を卒業後、鉄鋼メーカー、マスコミ、病院広報などを経て2017年独立。
取材した分野は、政治、経済、過疎化、ワーキングプアなど。
現在の執筆領域は、法務、総務、人事、会計、IT、AI、金融、ビジネス全般、抗がん剤、生活習慣病治療など。
趣味はバイクと登山。北海道札幌市在住。

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